このブログは
宇宙戦艦ヤマトの二次小説を展開する「三日月小箱」管理人の独り言です
古代 進 守 デスラー 島 大介 森 ユキ 真田 四郎 加藤 三郎
コスモ タイガー 沖田 十三 テレサ スターシャ サーシャ 澪 宇宙戦艦ヤマト2199

FC2ブログ
遠距離介護に持ち運びするためにノートパソにしていたのですが7月初めに、壊れました。
ハードディスクがダメとのことで、データだけ吸い上げて、買いなおすことにしました。
今度はしばらくぶりにデスクトップパソコンです。
だって。もう実家に通わないから。

グループホームに入所していた母ですが、腰痛が改善してきて「もうここにいたくない」という思いが強くなったので、退所させました。
で、我が家で同居し、在宅介護に切り替えたのです。
だからね、今、姑と母という80歳代のおばあちゃんが二人いるんですよ。ウフフ。
夫が「嫌々入所させておくのは可哀そうだし、かといって実家に戻して一人暮らしは無理だよね。それに、ここから実家に通うより引き取った方が楽だよ。子どもがみんな一人暮らしになって部屋も空いたんだから、うちに来てもらおう」って言ってくれたんです。

なんだかネットから離れている間に、コミケも終わっちゃったし、ヤマトも何やら動きがあったようですが、浦島太郎状態の私はゆっくりゆっくり過ごします。

続きを読む »

 
長女が先日、結婚式を挙げました。
両家の家族だけ、新郎新婦以外は出席者8人の小さな結婚式でした。

「結婚式は自分たちの蓄えの中でやります」
二人でそう決めて、式場からプランから全部自分たちで用意していました。

でもね、母親としては何か祝ってやりたいじゃないですか。
邪魔にならない程度で、喜んでもらえるようなことをしたいと思ったんですよ。
で、Something Newを用意しようと思い立ったのです。

花嫁が身に着けると幸せになれるというSomething Four。
「Something Blue」 何か青いもの
「Something Old」 何か古いもの
「 Something Borrow」 何か借りたもの
「 Something New」 何か新しいもの

私が用意したのは、手作りのヘッドドレスです。
長女は、和装の打ち掛け姿なのですが、ヘアスタイルは洋髪にしたいと言ったからです。
ヘッドドレスはレンタルもできるのですが、お値段も高かったので、長女の負担を減らすのにも丁度よかったのでした。
(もっとも長女は、お母さんが作るのなんか、絶対センスが良くないに違いないと思っていたみたいです)
もちろん、私には上手に作れる自信なんかありません。
だから、ヘッドドレスのワークショップに参加して、先生の指導を受けながら作りました。

ヘッドドレス

シルクフラワーを何種類か選び、組み合わせてブーケのようにまとめます。
ちょっとおめでたい雰囲気にしようと、ゴールドの入った紐も足しました。
それをフローラルテープでコームに留めれば出来上がり。
大きい方は頭の左側、小さい方が右用です。
これは、新郎新婦が並んだ時に、大きなヘッドドレスで二人の間を隔てないようにするためだそうで、だいたいの花嫁は、そんなヘアスタイルになるのだと、式場の美容師さんが教えてくれました。

それと、気に入らなかった時の保険に(笑)、水引の簪も作りました。
これはシンプルな3本組梅結びレシピの紙を見ながら、自分なりにアレンジをしてパールビズなど入れて作ったのですが、これが美容師さんに大好評。
「今、水引の簪って流行っているんですが、こんなに大きなサイズは見たことがありません。
7本組は縁起もいいですし、豪華ですから、ぜひこれも使いましょう。
水引は厚みがありませんから、右の小さいヘッドドレスの上なら使えます。
これも飾ったら素敵ですよ」
と、すごく褒めてくれました。

簪

案外難しかったのがタッセルで、素材によって揺れ方や艶が違うので、何回か作り直しました。
結局一番いい感じに仕上がったのが、リリヤンで作ったタッセルでした。

親バカだと思っていただいて、結構です。
長女はとても綺麗でした。それに、始終嬉しそうにニコニコしていました。
ずっと幸せに仲良く暮らして欲しいと思います。

遠距離結婚だから、いろいろ困難もあるかもしれないけど、あなたなら大丈夫だよ。
いつも応援しているからね。

 
前々から「やった方がいいんだろうなぁ」と思ってはいたのですが、なかなか決心がつかなくて先延ばししていたことをついに始めました。
なんと泳ぐことにしたんです。
水の大嫌いな私が!
泳げない私が!
だって、誰も彼もみな「膝のためには、水泳がいいよ」って言うんだもの。

覚悟を決めて、プールのあるフィットネスクラブに登録しました。
なるべく1週間に2回は運動することにしました。
ダンスレッスンがある週は、1回は泳ぐ。
レッスンがなければ、2回は泳ぐ。

ところが、水中ウォーキングのレッスンに出てびっくりしました。
私よりずっと年上の、60歳代後半以上のおばさんたちが、とても達者に歩くんです。
私はというと、水流に負けて、まっすぐ歩くことさえままなりません。
おまけに、右膝に力が入らないので、右足を出すとつるっとすべり、ガボンと転んでしまうのです。
そのたびに、まわりのおばさんたちや先生が助け起こしてくれる有様。
そこで、先生に許可をもらって、マリンシューズを買いました。
これですべることなく歩けます。
今はまだ、右へユラユラ、左へフラフラする私ですが、まじめに通えば少しはマシになるかもしれません。
体重も減って、膝への負担が軽くなれば、状態もよくなるでしょう。
そう信じて、がんばります。
 
もう何から書いたらいいのかわからないくらい、怒涛の日々をすごした4月でした。
いつもの介護帰省で実家に行ってみたら、母が這って歩いていたんです。
腰椎圧迫骨折でした。
「こんな状態では、あんたが帰っちゃったら一人で暮らせない。入院か施設に入れるようにして」
と言われて、あちこち飛び回ったのですが、10日にもなるGW前ということもあり、ショートステイさえ空いていないのです。

そうこうしている間に舅が危篤状態になり、義姉たちと看取りました。
家族葬とはいえ、お通夜に葬儀と、たいへん疲れました。

職場に頼み込んで仕事を1か月休み、母に付き添いながら施設を探したのですが、グループホームに入所できたのはGWが明けてからでした。
で、引越しするのにまたバタバタ。

いやー、入所するのって大変なのね。。。

結局GWに予定されていたダンスの発表会も欠席し、職場の同僚は楽しみにしていたGWを返上して代わりに働いてくれて、すごく申し訳ない思いをしました。

でも、まだまだ介護は続きます。
がんばりますぅ。
 
卒業式の日は快晴でした。
早朝から着物を着てしまい準備万端整えていた私に、のっそり起きてきた末っ子が耳もとで呟きました。
「お母さん。ワイシャツを全部搬出してしまいました」
「えええっ!?」
卒業式用に、スーツ、革靴、ネクタイ、ベルトに靴下は残してあったのに、ワイシャツはうっかり荷物に入れてしまったというのです。
「そうすると君は、肌着の上にネクタイをしてスーツを着て行くの? それとも、いっそ上半身裸にジャケット姿で行くの?」
「……お父さんのワイシャツを借りたいです」
ホントにこの子は頼りないわー。
仕方なく夫のブカブカと大きなワイシャツを着せて親子三人で大学に向かいました。

総絞に塩瀬の帯
初めて総絞りの着物を着ました。帯のまま外出するのは桜が咲いてからでないとみっともないと義母に言われて、道行きを羽織って出掛けました、
私は一日中着物を着て草履で過ごしていても平気なのですが、この日は足に違和感がありました。
卒業式が終わって、式から戻って来る末っ子と合流しようと待ち合わせていたのですが、そこに移動している時に左足先からプツッと嫌な音がしたのです。

あれ? なんだろう。痛い。一歩ごとに痛い。
そのうち足の指がぬるぬるして来ました。これはもしかして……。
夫の肩につかまって、左足を草履から抜いてみると草履は血で濡れています。
当然白い足袋も、裏が血染めになっています。
伸びた薬指の爪が、中指に刺さって出血しているのです。
中指にはマメがあって、歩くたびに爪がマメを刺し、抜け、また刺していたんです。

商店街の薬局で傷用絆創膏を買い「トイレが広い」という情報の喫茶店に入りました。
トイレは車イス対応の広い個室でしたが、フィッティングボードはなく、トイレの便座には蓋もありません。
私はフィッティングボードがなければ、トイレの蓋に左膝をついて作業しようと考えていたのですが、手すりに頼って立ちながら手当するしかありません。
だいたい足袋というものは、着付けの一番最初に身に着ける物です。
ぴしっと履いてコハゼを留めるのはなかなか難しいので、自由が利くうちに履いてしまうのです。
さあ、動きやすいように裾除けまでめくり上げて帯に挟み込みます。
やっとコハゼに手が届いて足袋を脱いだところまではよかったのですが、傷口を洗うなんて無理です。
持っていたウエットティッシュで拭くだけにして絆創膏を貼ろうとしたのですが、届かない!
足の指を開いて傷口に貼るなんて最高レベルに難しい!
だって身体をかがめようにも折り曲げようにも、帯ががっちり邪魔をして思うように動けないんです。
左足を前に曲げようとしたり、後ろに曲げてみたり四苦八苦した挙句、便座に腰掛けることにしてやっと絆創膏を貼りました。
まあね、用を足す時は腰掛けるんですけどね。
やはり普段の洋服の時のように自由には動けないんですよ。
足を開くのだってそんなに大きく開けないんですよ。
だからコハゼを留めるのに相当時間がかかりました。

着物を直して、さりげなく涼しい顔で「何もなかった」というようにトイレから出てみると、トイレの前は長蛇の列になっていました。
ああああああ!
ごめんなさいー!

あまりの恥ずかしさに、逃げるようにお店を出たのでした。
これもまた、卒業式の忘れられない思い出になることは間違いありません。

足の爪も小まめに切ろうと反省しました。
 
末っ子の引っ越しが終わりました。
卒業式の前日が搬出だったので、それまでに荷物を揃えないとと二人で買い物に行ったりもしました。
末っ子は自炊する気満々で、包丁や鍋などの台所用品を選んで欲しいと言うのです。
留学時に「留学生調理クラブ」なるものを立ち上げ、一緒に買い出しに行き、一緒に作り、一緒に食べるというのが、すごく楽しかったらしいです。
一人暮らしの住まいを決めるのも、コンロは二口以上でシンクが広いことという条件だったのですが、一人暮らし用のワンルームではキッチンを重要視しているものがあまりなく、難航しました。

それにしても動くのが遅い!
私にも仕事があるんだから、買い物に行くなら前もってスケジュール組もうよ!
と、呆れても遅い。買い物に出掛けたのはなんと搬出日の午前中。
16時には引っ越し業者が来るので、それまでに買って帰って梱包しないといけません。
とにかく大急ぎで買い物して帰宅。ガンガン荷造りを手伝いました。
「傘は? 自転車は? 靴を忘れちゃダメだよ」
「すぐに使うから、トイレットペーパーとティッシュBOXは出しやすい所に一個ずつ入れて」
「開梱に使うハサミやカッターも用意しておかないと」
引っ越しは経験値が物を言うのかもしれませんが、頼りないことこの上なし。。。
長女の引っ越しを手伝った時の末っ子は
「何でもっと早くに荷造りしておかなかったんだよ」なんて、偉そうなことを言っていたのになぁ。

結局ひーひー言いながら搬出をすませたのでした。

翌日は卒業式。
その日の悲劇(喜劇?)については、明日にでも書きましょう。
 
生活している中で、ピピピっと【ヤマト的な】アンテナが立つことがあります。
私の場合、大好きな錨模様のグッズがあるとアンテナが反応して思わず周囲を探索してしまうのです。
昨日のアンテナ反応は、夜台所仕事をしていた時のことでした。

水道を締めて水音を遮断し、アンテナの向きを確認すると、出所は義母の部屋のテレビでした。
その音楽は交響組曲 宇宙戦艦ヤマトの「明日への希望」に違いありません。
義母の部屋で流れていたテレビ番組は「チコちゃんに叱られる」でした。
何で「明日への希望」??
のびやかなスキャットを聞きながら番組を見てみると「もしも宇宙人からのメッセージを受け取ったら?」というようなクイズでした。
宇宙がテーマだったので、「明日への希望」がBGMに選ばれたようです。

この問いにも興味を引かれました。
もしも宇宙人からのメッセージを受け取ったら、勝手に回答をしてはダメなのだそうです。
国際宇宙航行アカデミーという国連が承認している組織で、地球外知的生命からの信号に関する議定書があるらしいです。
その中で「国際機関の助言や同意を求めることなく応答はしない」という一文があり、勝手に回答した内容が地球全体の回答だと誤解されないように、個人として対応しないことを定めているということ。
メッセージを受け取ったら、国連などで「どう返事をするか」を協議した上で対応するのが正しいのです。
確かにその通りですよね。
だから番組では、もしも、もしも宇宙人からのメッセージを受け取ったら、国立天文台に連絡をしてほしいと言っていました。

あれれ?
イスカンダルからのメッセージを受け取ったとき、地球防衛軍で協議してましたよね?
じゃあテレサからのメッセージを受け取ったときは?
なぁんてことを考えてしまいました。
私が宇宙からのメッセージを受け取ったら……気を付けようっと(笑)。
NHKの番組でヤマトの曲を使ってくれて嬉しかったです。
 

| Home |


 BLOG TOP  »NEXT PAGE

powered by