今年度は次女が受験生なので、夜のお出かけは自粛中。
だから演奏会だって、そうそうは行きません。
でも、6月は特別。 私のお誕生月だもん。
久しぶりに綾乃とサントリーホールに行ってきました。
駐日モナコ大使(だと思うんですが……)をお迎えして
西本智実指揮、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団演奏。
ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲
ロドリーゴ アランフェス協奏曲
ドヴォルジャーク 交響曲題9番ホ短調「新世界より」
アンコールは ビゼー アルルの女より「ファランドール」
西本さんの指揮する演奏会は、もう結構何度も行っています。
最初に行ったのって何年前でしょうか。
今日は1曲目の美しい調べから入っていきました。
目の前に緑の草原が広がるような表情豊かな音。
流れ出る音が、まるでそよぐ風のようでした。
こういう静かな曲をたぐるように指揮する西本さんの指先は、湧き水のように滾々と音を生み出していきます。
管楽器の静かで確かな音。
弦楽器の伸びやかで優しい音。
癒し系の曲でした。
一方の「新世界」は、私が全楽章を知っている数少ない曲です。
第2楽章の「遠き山に日は落ちて」は、私じゃなくても多くの人に知られた曲(歌)ですよね。
この曲を聴くと、キャンプファイヤーを連想するんですが、どうですか?
第4楽章は、最近は西本さんご本人出演のコマーシャルでお馴染みでしょう。
これが、すごかったんです!
え? 「新世界より」ってこんな曲だったっけ?
こんなにも迫力のある曲でしょうか。
喜怒哀楽、起承転結のはっきりした、ドラマティックな曲。
呑みこまれるように聴きました。
西本さんの身体中からほとばしるエネルギーが、そのままオーケストラを突き動かす感じ。
ああ、この瞬間瞬間の統一感!
ホール全体がひとつになり、音が身体の隅々まで満ち溢れる感覚!!
アンコール曲もまた、ド迫力。
これでもか! というアップテンポなファランドール。
「ああ、もうダメ。死んでしまうわ」というほど、心臓がドキドキしました。
(これは長女が幼稚園の時、鍵盤ハーモニカを使って音楽会で弾いた曲なので、私にとってとても馴染み深い曲です。いやぁ、当たり前ですが、大違い・爆)
素晴らしい演奏でした。
おそらく、私がこれまでに聴いた西本さんのどの演奏よりも素晴らしかったと思います。
私は決して惚れやすいタイプではありません。
西本さんが好きといっても、ミーハーじゃないと思っています。
けれども柄にも無く興奮しました。
ファンとはいえ、冷静なファン(笑)だったのですが、この夜初めて「惚れた」と思いました。
会場を後にした時には、東京の風景の色が違って見えるほどでした。
会場で販売していたのですが、あまりの混雑振りに驚きました。
だから自宅で、絶対買ってしまうだろうと思います(笑)
だから演奏会だって、そうそうは行きません。
でも、6月は特別。 私のお誕生月だもん。
久しぶりに綾乃とサントリーホールに行ってきました。
駐日モナコ大使(だと思うんですが……)をお迎えして
西本智実指揮、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団演奏。
ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲
ロドリーゴ アランフェス協奏曲
ドヴォルジャーク 交響曲題9番ホ短調「新世界より」
アンコールは ビゼー アルルの女より「ファランドール」
西本さんの指揮する演奏会は、もう結構何度も行っています。
最初に行ったのって何年前でしょうか。
今日は1曲目の美しい調べから入っていきました。
目の前に緑の草原が広がるような表情豊かな音。
流れ出る音が、まるでそよぐ風のようでした。
こういう静かな曲をたぐるように指揮する西本さんの指先は、湧き水のように滾々と音を生み出していきます。
管楽器の静かで確かな音。
弦楽器の伸びやかで優しい音。
癒し系の曲でした。
一方の「新世界」は、私が全楽章を知っている数少ない曲です。
第2楽章の「遠き山に日は落ちて」は、私じゃなくても多くの人に知られた曲(歌)ですよね。
この曲を聴くと、キャンプファイヤーを連想するんですが、どうですか?
第4楽章は、最近は西本さんご本人出演のコマーシャルでお馴染みでしょう。
これが、すごかったんです!
え? 「新世界より」ってこんな曲だったっけ?
こんなにも迫力のある曲でしょうか。
喜怒哀楽、起承転結のはっきりした、ドラマティックな曲。
呑みこまれるように聴きました。
西本さんの身体中からほとばしるエネルギーが、そのままオーケストラを突き動かす感じ。
ああ、この瞬間瞬間の統一感!
ホール全体がひとつになり、音が身体の隅々まで満ち溢れる感覚!!
アンコール曲もまた、ド迫力。
これでもか! というアップテンポなファランドール。
「ああ、もうダメ。死んでしまうわ」というほど、心臓がドキドキしました。
(これは長女が幼稚園の時、鍵盤ハーモニカを使って音楽会で弾いた曲なので、私にとってとても馴染み深い曲です。いやぁ、当たり前ですが、大違い・爆)
素晴らしい演奏でした。
おそらく、私がこれまでに聴いた西本さんのどの演奏よりも素晴らしかったと思います。
私は決して惚れやすいタイプではありません。
西本さんが好きといっても、ミーハーじゃないと思っています。
けれども柄にも無く興奮しました。
ファンとはいえ、冷静なファン(笑)だったのですが、この夜初めて「惚れた」と思いました。
会場を後にした時には、東京の風景の色が違って見えるほどでした。
![]() | ドヴォルザーク:交響曲第9番 (2008/06/04) 西本智実 商品詳細を見る |
会場で販売していたのですが、あまりの混雑振りに驚きました。
だから自宅で、絶対買ってしまうだろうと思います(笑)
キリストが十字架にかかった日が受難日(今年は3月21日)。
十字架にかかる1週間前の期間が受難週(今年は3月16日から3月22日)。
イースター(復活祭・今年は3月23日)から40日遡る間が受難節。
(今年は2月6日から3月22日まで)
ちょうど今、レントなんです。
レントに入ってからの日曜日の礼拝では、マタイによる福音書を毎週紐解いています。
ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団によるバッハ「マタイ受難曲」を聴いてきました。
これはマタイの福音書26章1節〜27章66節までの部分を音楽劇風にしたものです。
ステージの最後部には合唱団の子どもから大人までがずらりと並び、迫力の歌を聴かせてくれます。
ユダの裏切り、最後の晩餐、ペテロの否定、裁判、ゴルゴダ、磔、埋葬
あまりにも有名なシーンが続きます。
人間の罪を贖うために、自らの清い身体を十字架にかけられなければならない。
イェスの苦悩と、とまどう弟子たち。
取り付かれたように「十字架につけろ」と叫ぶ民衆。
音楽と合唱がみごとなまでに一つとなり、大聖堂のステンド硝子から差し込む光のように、
やわらかくまっすぐに、魂の中に差し込みます。
なんという情景!
なんという信仰!
心からなる讃美の、なんと美しいこと!
鳴り止まない拍手が、演奏のすばらしさを物語っていました。
私の心の中でも、曲の中で使われていた讃美歌136番が鳴り響きます。
血潮したたる 主の御頭
棘に刺されし 主の御頭
悩みと恥にやつれし主を
我はかしこみ きみと仰ぐ
はじめから終わりまで、本当に素晴らしかった。
ああ、何て私は舌足らずで、語彙を持っていない頼りない奴なんだろう。
あれだけのものを表現する言葉が出てこない。
とにかく。
魂を揺さぶられる、そんな夜でした。
十字架にかかる1週間前の期間が受難週(今年は3月16日から3月22日)。
イースター(復活祭・今年は3月23日)から40日遡る間が受難節。
(今年は2月6日から3月22日まで)
ちょうど今、レントなんです。
レントに入ってからの日曜日の礼拝では、マタイによる福音書を毎週紐解いています。
ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団によるバッハ「マタイ受難曲」を聴いてきました。
これはマタイの福音書26章1節〜27章66節までの部分を音楽劇風にしたものです。
ステージの最後部には合唱団の子どもから大人までがずらりと並び、迫力の歌を聴かせてくれます。
ユダの裏切り、最後の晩餐、ペテロの否定、裁判、ゴルゴダ、磔、埋葬
あまりにも有名なシーンが続きます。
人間の罪を贖うために、自らの清い身体を十字架にかけられなければならない。
イェスの苦悩と、とまどう弟子たち。
取り付かれたように「十字架につけろ」と叫ぶ民衆。
音楽と合唱がみごとなまでに一つとなり、大聖堂のステンド硝子から差し込む光のように、
やわらかくまっすぐに、魂の中に差し込みます。
なんという情景!
なんという信仰!
心からなる讃美の、なんと美しいこと!
鳴り止まない拍手が、演奏のすばらしさを物語っていました。
私の心の中でも、曲の中で使われていた讃美歌136番が鳴り響きます。
血潮したたる 主の御頭
棘に刺されし 主の御頭
悩みと恥にやつれし主を
我はかしこみ きみと仰ぐ
はじめから終わりまで、本当に素晴らしかった。
ああ、何て私は舌足らずで、語彙を持っていない頼りない奴なんだろう。
あれだけのものを表現する言葉が出てこない。
とにかく。
魂を揺さぶられる、そんな夜でした。
演奏会にはこのところ毎月行っています。
だけどしばらくこのブログに感想とか書かなかったよね。
最後に書いたのは11月の「タンホイザー」だったっけ。
12月にはギターの村治佳織さんの演奏を聴きに行ったし、1月にはオーチャードで東京交響楽団特別演奏会 キリンニューイヤーコンサート2008というのにも出かけたよ。
(レ・フレールのピアノデュオを楽しめるというプログラムだった)
そして今月、読売日本交響楽団定期演奏会に行ってきました。
指揮 マンフレッド・ホーネック
曲目 ショスタコーヴィチ チェロ協奏曲第1番(チェロ ジャン・ワン)
R.シュトラウス:交響詩〈英雄の生涯〉
何がよかったかって、そりゃあ座席。(爆)
2階の左手なんですが、オーケストラをつま先に覗けるような席でした。
正面から見ていると、後ろの方の楽団員さんって、どう並んでいて、どんな楽器があるのかまでは見難いんだけど、ここはもう、バッチリ見えます。
譜面台の楽譜をめくる姿も、演奏の出番がないときに管楽器がどうしているかも、
打楽器担当さんが楽器を使い分けている姿も、すごく新鮮に食い入るように見てしまいました。
曲目は例によってあまり馴染みがないのですが(いいかげん覚えろよって? 爆)
西本智実指揮の演奏会で、何度かショスタコーヴィチの曲は聴いたことがあります。
でも私が想像していたより、ずっと新しい曲なのね。
チェロ協奏曲が作曲されたのは1958年。
第二次世界大戦後の曲? と驚いたのですが、おまけに私が生まれるちょっと前の作品ですよ。
ちょうど50年前。それでもクラシックなの? という感じ。
曲のイメージは、そう思いながら聴いていると、確かにモダンに聴こえます。
次にどんなフレーズが来るのか全然想像できません。
要所要所でピッコロの高くて鋭い音が響きます。
上から見ていると、ピッコロって可愛いです。身体を傾けるようにして吹いている、ピッコロ吹きさんも可愛かったです(笑)
チェロ弾きさんは、中国のジャン・ワンという男性。
音が力強くて、それでいて透明です。
会場中に広がって、聴衆を包んでいくんです。
ああ、きれいだなぁ。テンポが速くても、強い旋律を弾くときも、1つずつの音がきれいだなぁと思っていたら、このあとのアンコールが本当に美しかった。
中国ではよく知られた民謡のような曲「二泉映月」。
もともとは二胡の曲らしいのですが、中国の悠久の広さと、穏やかな田園風景が瞼に浮かぶような曲でした。
なめらかで、しなやかで。彼のチェロとはベストマッチでしたよ。
2曲目の〈英雄の生涯〉は、ストーリー仕立てになっていて、そのシーンを音楽で表現しているということでした。
“英雄の伴侶”のシーンで演奏されるヴァイオリンのソロも上手だった〜。
特別にヴァイオリニストを呼ぶわけじゃなく、このオーケストラのコンサートマスターが普通に弾くんですが、上手いよ。ホントに。
途中でずらりと並んだトランペット吹きのうち3人が、曲の真っ最中だというのに退場。
なんで? どこへ行ったの?
合点がいかないなぁ、と思っていたら、ステージ袖の方で遠く聴こえるトランペット。
どうやら遠方で鳴っているファンファーレを演奏するために、わざわざ袖に引っ込むようでした。
そのあと何食わぬ顔をして再登場(笑)
へーー。この席でよかった。こんなシーンが見られて。と思った瞬間でした。
他にもジャカジャカ盛大にシンバルを叩いていた人が、そっとシンバルを片付け、おもむろにトライアングルを取り出して、たった1回チ〜ンと鳴らす姿にも思わず微笑。
シンバルに比べてトライアングルの小さく見えること(笑)
“チ〜ン”がどうも仏壇のお鈴に聞こえてしまいました(爆)
いやいやいや、演奏もよかったし、すごく楽しかったです。
毎月楽しみな演奏会は、来年度自粛すると決めているのですが、その割に5月も6月も予約しているぞ(笑)
演奏が〜だったねー。
と言いながら、演奏後に綾乃と食べる食事がまた楽しいんだな。うん。
3月も行きまーす!!
だけどしばらくこのブログに感想とか書かなかったよね。
最後に書いたのは11月の「タンホイザー」だったっけ。
12月にはギターの村治佳織さんの演奏を聴きに行ったし、1月にはオーチャードで東京交響楽団特別演奏会 キリンニューイヤーコンサート2008というのにも出かけたよ。
(レ・フレールのピアノデュオを楽しめるというプログラムだった)
そして今月、読売日本交響楽団定期演奏会に行ってきました。
指揮 マンフレッド・ホーネック
曲目 ショスタコーヴィチ チェロ協奏曲第1番(チェロ ジャン・ワン)
R.シュトラウス:交響詩〈英雄の生涯〉
何がよかったかって、そりゃあ座席。(爆)
2階の左手なんですが、オーケストラをつま先に覗けるような席でした。
正面から見ていると、後ろの方の楽団員さんって、どう並んでいて、どんな楽器があるのかまでは見難いんだけど、ここはもう、バッチリ見えます。
譜面台の楽譜をめくる姿も、演奏の出番がないときに管楽器がどうしているかも、
打楽器担当さんが楽器を使い分けている姿も、すごく新鮮に食い入るように見てしまいました。
曲目は例によってあまり馴染みがないのですが(いいかげん覚えろよって? 爆)
西本智実指揮の演奏会で、何度かショスタコーヴィチの曲は聴いたことがあります。
でも私が想像していたより、ずっと新しい曲なのね。
チェロ協奏曲が作曲されたのは1958年。
第二次世界大戦後の曲? と驚いたのですが、おまけに私が生まれるちょっと前の作品ですよ。
ちょうど50年前。それでもクラシックなの? という感じ。
曲のイメージは、そう思いながら聴いていると、確かにモダンに聴こえます。
次にどんなフレーズが来るのか全然想像できません。
要所要所でピッコロの高くて鋭い音が響きます。
上から見ていると、ピッコロって可愛いです。身体を傾けるようにして吹いている、ピッコロ吹きさんも可愛かったです(笑)
チェロ弾きさんは、中国のジャン・ワンという男性。
音が力強くて、それでいて透明です。
会場中に広がって、聴衆を包んでいくんです。
ああ、きれいだなぁ。テンポが速くても、強い旋律を弾くときも、1つずつの音がきれいだなぁと思っていたら、このあとのアンコールが本当に美しかった。
中国ではよく知られた民謡のような曲「二泉映月」。
もともとは二胡の曲らしいのですが、中国の悠久の広さと、穏やかな田園風景が瞼に浮かぶような曲でした。
なめらかで、しなやかで。彼のチェロとはベストマッチでしたよ。
2曲目の〈英雄の生涯〉は、ストーリー仕立てになっていて、そのシーンを音楽で表現しているということでした。
“英雄の伴侶”のシーンで演奏されるヴァイオリンのソロも上手だった〜。
特別にヴァイオリニストを呼ぶわけじゃなく、このオーケストラのコンサートマスターが普通に弾くんですが、上手いよ。ホントに。
途中でずらりと並んだトランペット吹きのうち3人が、曲の真っ最中だというのに退場。
なんで? どこへ行ったの?
合点がいかないなぁ、と思っていたら、ステージ袖の方で遠く聴こえるトランペット。
どうやら遠方で鳴っているファンファーレを演奏するために、わざわざ袖に引っ込むようでした。
そのあと何食わぬ顔をして再登場(笑)
へーー。この席でよかった。こんなシーンが見られて。と思った瞬間でした。
他にもジャカジャカ盛大にシンバルを叩いていた人が、そっとシンバルを片付け、おもむろにトライアングルを取り出して、たった1回チ〜ンと鳴らす姿にも思わず微笑。
シンバルに比べてトライアングルの小さく見えること(笑)
“チ〜ン”がどうも仏壇のお鈴に聞こえてしまいました(爆)
いやいやいや、演奏もよかったし、すごく楽しかったです。
毎月楽しみな演奏会は、来年度自粛すると決めているのですが、その割に5月も6月も予約しているぞ(笑)
演奏が〜だったねー。
と言いながら、演奏後に綾乃と食べる食事がまた楽しいんだな。うん。
3月も行きまーす!!
ついさっき帰ってきました。
今日はね、月1回の演奏会を聴きに行く日だったんです。
本日のプログラムは新国立劇場で鑑賞するオペラ「タンホイザー」。
主婦にしてはお高い出費でしたよ。
このために8月のお仕事を頑張ったようなもんです。
タンホイザーはワーグナーのオペラなので、すごくガミラスチックなものを期待していたんですが、全然違いました(笑)
でもね、オープニングで登場するバレエが、まるでサーダみたいな女の人が大量に出てきましたよ。
青い髪で、すごくSFっぽい感じの。
そして、同じ人数の男の人と、なかなか色っぽいバレエを踊るんです。
綾乃によれば、本日の演出は大人しい方だそうで、もっと男女が絡んだ振り付けの場合もあるのだとか。
そう。タンホイザーって、官能オペラらしいんです(笑)
今日の舞台は、とても意外なことにモダンなレイアウトでした。
床一面にドライアイスが立ち込め、そこに青い照明が当たる。
その舞台下から、クリスタルを思わせるような柱が、何本もせり上がって来る。
照明は本当に素晴らしかった。
柱の反射や透明感をとても効果的に使った照明でした。
もちろん歌も素晴らしかったですよ。
実は私は↓のCDを持っていて、この中にタンホイザーの曲が2曲入っているんです。
だからその2曲だけは知っていて、演奏された時に「ああ、これこれ」と思ったのですが、
ヴァイオリンがね、ワウンワウンするんですよ(爆)
どう説明したらいいんでしょう。ちょうどカセットテープが伸びちゃったときのように、
音が波打つんです。
最初聴いた時は、CDが伸びちゃったんじゃないかと思ったんですが、今日の演奏もやっぱり波打っていました。
ふーーーーん。本当にそんな曲だったんだー。へーーー。
それでね、タンホイザーって、やっぱり迫力がありましたよ。
合唱もすごかったし。
堪能しました♡
ドイツ語上演で、よーく聞き取れたのは、
「Nach Roma!(ローマへ!)」
だけでした(爆)
もちろん字幕付きだから、聞き取れなくても不自由はしないんだけどさ(笑)。
次のオペラ鑑賞は、まだ予定がありません。
来年かな〜。
また行けるといいなぁ。
今日はね、月1回の演奏会を聴きに行く日だったんです。
本日のプログラムは新国立劇場で鑑賞するオペラ「タンホイザー」。
主婦にしてはお高い出費でしたよ。
このために8月のお仕事を頑張ったようなもんです。
タンホイザーはワーグナーのオペラなので、すごくガミラスチックなものを期待していたんですが、全然違いました(笑)
でもね、オープニングで登場するバレエが、まるでサーダみたいな女の人が大量に出てきましたよ。
青い髪で、すごくSFっぽい感じの。
そして、同じ人数の男の人と、なかなか色っぽいバレエを踊るんです。
綾乃によれば、本日の演出は大人しい方だそうで、もっと男女が絡んだ振り付けの場合もあるのだとか。
そう。タンホイザーって、官能オペラらしいんです(笑)
今日の舞台は、とても意外なことにモダンなレイアウトでした。
床一面にドライアイスが立ち込め、そこに青い照明が当たる。
その舞台下から、クリスタルを思わせるような柱が、何本もせり上がって来る。
照明は本当に素晴らしかった。
柱の反射や透明感をとても効果的に使った照明でした。
もちろん歌も素晴らしかったですよ。
実は私は↓のCDを持っていて、この中にタンホイザーの曲が2曲入っているんです。
だからその2曲だけは知っていて、演奏された時に「ああ、これこれ」と思ったのですが、
![]() | Wagner: Orchestral Music Richard Wagner、 他 (1998/02/17) EMI この商品の詳細を見る |
ヴァイオリンがね、ワウンワウンするんですよ(爆)
どう説明したらいいんでしょう。ちょうどカセットテープが伸びちゃったときのように、
音が波打つんです。
最初聴いた時は、CDが伸びちゃったんじゃないかと思ったんですが、今日の演奏もやっぱり波打っていました。
ふーーーーん。本当にそんな曲だったんだー。へーーー。
それでね、タンホイザーって、やっぱり迫力がありましたよ。
合唱もすごかったし。
堪能しました♡
ドイツ語上演で、よーく聞き取れたのは、
「Nach Roma!(ローマへ!)」
だけでした(爆)
もちろん字幕付きだから、聞き取れなくても不自由はしないんだけどさ(笑)。
次のオペラ鑑賞は、まだ予定がありません。
来年かな〜。
また行けるといいなぁ。
仕事で同行することの多いF氏は、元社会部の新聞記者だった。
定年までまだ間があり、そうなったらフリーの記者として書き続けよう。
そう考えているある日、視力を失う。
仕方なく後進の指導に当たり、顔つなぎの挨拶回りをしているうちに聴力も失った。
治療の甲斐あって光と音はわずかながら戻って来た。
しかし重度の弱視と重度の難聴のため、復職はかなわなかったのだ。
「新聞の花形はなんといっても政治部だ」
けれども社会部だって1面トップを飾るほど大きな事件が起こることもある。
そういうときの高揚感は特別だ。
「僕の記事が1面に載る」そうなりゃあ渾身の記事を書く。
この記事を書くために新聞記者になったんだ。というくらい気合の入ったのをだ。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
面白いとは聞いていたけど、本当に面白かった。
群馬の地方新聞で社会部記者をしている悠木和雅はちょっとくたびれた40代。
過去に、大久保事件と連合赤軍事件にかかわったことが大きな勲章とされる新聞社の中で、悠木はどこのデスクにも属さない、出世コースからはずれた一匹狼のような存在だ。
そんなある日、大きな事件が起こる。
群馬県の御巣鷹山に日航機が墜落した。
悠木はこの全権デスクとなることを言い渡される――
記者であること。親であること。
内包する悩みと苦しみはあるものの、事件は次々と急展開を見せてゆく。
どう捕らえ、どう書くのか。紙面をどんな風に作るのか。
新聞には毎日締め切りがあり、それを過ぎるとリセットして新しい1日が始まる。
読者と販売店と広告提供スポンサーという圧力の中で日々、新聞は作られていくのだという事実も興味深い。

この夏1番の暑さとなった4日。
茨城県日立市鵜の岬海水浴場で荷物番をしながら一気読み。
文庫じゃなくて重かったけど、持って行ってよかったわ〜♪
定年までまだ間があり、そうなったらフリーの記者として書き続けよう。
そう考えているある日、視力を失う。
仕方なく後進の指導に当たり、顔つなぎの挨拶回りをしているうちに聴力も失った。
治療の甲斐あって光と音はわずかながら戻って来た。
しかし重度の弱視と重度の難聴のため、復職はかなわなかったのだ。
「新聞の花形はなんといっても政治部だ」
けれども社会部だって1面トップを飾るほど大きな事件が起こることもある。
そういうときの高揚感は特別だ。
「僕の記事が1面に載る」そうなりゃあ渾身の記事を書く。
この記事を書くために新聞記者になったんだ。というくらい気合の入ったのをだ。
![]() | クライマーズ・ハイ 横山 秀夫 (2003/08/21) 文藝春秋 この商品の詳細を見る |
面白いとは聞いていたけど、本当に面白かった。
群馬の地方新聞で社会部記者をしている悠木和雅はちょっとくたびれた40代。
過去に、大久保事件と連合赤軍事件にかかわったことが大きな勲章とされる新聞社の中で、悠木はどこのデスクにも属さない、出世コースからはずれた一匹狼のような存在だ。
そんなある日、大きな事件が起こる。
群馬県の御巣鷹山に日航機が墜落した。
悠木はこの全権デスクとなることを言い渡される――
記者であること。親であること。
内包する悩みと苦しみはあるものの、事件は次々と急展開を見せてゆく。
どう捕らえ、どう書くのか。紙面をどんな風に作るのか。
新聞には毎日締め切りがあり、それを過ぎるとリセットして新しい1日が始まる。
読者と販売店と広告提供スポンサーという圧力の中で日々、新聞は作られていくのだという事実も興味深い。

この夏1番の暑さとなった4日。
茨城県日立市鵜の岬海水浴場で荷物番をしながら一気読み。
文庫じゃなくて重かったけど、持って行ってよかったわ〜♪
![]() | 嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (文芸シリーズ) 米原 万里 (2001/07) 角川書店 この商品の詳細を見る |
祖国を離れてみて、初めてわかることがある。
普段何気なく生活していた祖国という場所が、いかに自分にとって大切で、特別なところであるかという真実――。
某国赴任が決まった時、最初から赴任期間は1年と決められていた。
某国は外国人の就労規定が厳しく、外国人が1人就労するためには、某国人を5人雇う必要がある。しかも期間は1年だけ。延長する場合はさらに5人雇わなければならなかった。
だから1年したら必ず帰国できる。
そう分かっていれば余裕である。さほど深刻に悩むこともなく、どちらかといえば好奇心の方が先に立って意気揚揚と渡航したものだ。
語学学校で知り合った友人たちは、様々な理由で様々な国から集まっていた。
「あなたの祖国はどんなところですか」
そんなディスカッションに、みんな目を輝かせてお国自慢をする。
国の面積はどのくらいで、人口はどのくらい。
どんな民族があり、自然や工業や産業はどうか。
文化や芸術や工芸や伝統はどうか。
それは私が日本について知っていることとは比べ物にならないほど詳しく、いかに自分の祖国が素晴らしいかを力説するのだった。
その時、日本人というのは愛国心が薄いと思った。
恥ずかしいことに、熱弁を振るって日本をアピールすることが出来なかったのだ。
大好きなふるさと。
そうは思っていても、他の国からやって来た彼等と比べると、私の愛国心は本当にちっぽけで、身体を縮めたいほどだった。
その語学学校開校以来の劣等生とレッテルを貼られた私に、みんなとても良くしてくれた。
きっと放っておけなかったのだろうと思う。
学校の友人たちだけでなく、夫とデスクを並べて仕事をしている某国人たちも、ことあるごとに「サツキ、何か困っていないかい?」と声をかけてくれたり、助けてくれたりした。
(なにしろ社宅はオフィスの上階で、管理人のような仕事もさせられていたから、交流は頻繁だった)
日本へ帰国するとき、空港まで見送りに来てくれたエムゲは、私をハグすると目を真っ赤にして言った。
「今まで日本というのは自分が勤めている会社の本社がある国でしかなかった。でもこれからは違う。日本は僕の大事な友だちのトチローとサツキがいる特別な国だ」
そうだね。みんながそんな風に他の国のことを思い、世界中に友だちがいたら、きっと戦争なんかしないんだろう。友だちの国と喧嘩なんかしたくないよね。
そんなこと、難しくて私の語学力ではとても言えなかった。
だから一言だけ。
「Ich auch……」(わたしもそう思う)
本書は、政治的宗教的人種的にもっと難しく微妙な時代、在プラハ・ソビエト学校で過ごした時の学生生活を皮切りに、その後の同級生3人を尋ねて行く実話となっている。
激動の時代の中で友情は育まれ、長い年月の後再会を果たした同級生たちがどんな人生を送っているか。
作者である米原万理さんの、暖かい人柄が垣間見える本です。
もっと長く生きて、活躍して欲しかったと残念に思います。
有楽町の国際フォーラムで行われている「ラ・フォル・ジュルネ」は、
クラシック音楽のお祭りです。
今年で三年目。
毎年、期間中の一日丸ごとを綾乃と楽しんでいます。
普段あまりクラシックに関心のない人も、
興味はあるけれど敷居が高いと思っている人も、
大好きだけど、子どもが小さいから演奏会は無理という人も、
みんなまとめてOKなお祭りなんです。
だから、私のように素人で、作曲家も曲名も知らないような人も、
遠慮しないで溶け込める、その辺りが、とーっても楽しいイベントなんですよ。
プログラムは5つのホールに分かれて5日間、行われるのですが、
どのステージも1時間程のショートプログラムと、普通の演奏会より短いです。
有名な曲の、有名な楽章だけ。というような親しみやすいものも多く、
お値段も1500円とか2000円とかのお手ごろ価格。
ベビーカーを並べて聞ける0歳からのコンサートなんていうのもあります。
また、無料のアマチュアオーケストラによる演奏とか、
屋外の屋台村での生演奏を聞きながらの食事も気持ちごとオープンになれて、爽快です。
今年は初日である5月2日、4つのプログラムを梯子しました。
今年のテーマは「民族のハーモニー」('05年モーツアルト '06年ベートーヴェン)で、色々な国の特徴を感じる音楽がたくさん集まっています。
4つともそれぞれ書きたい感想はあるのですが(笑)
あえてひとつだけ。
ヴァイオリン ルノー・カプソン
チェロ ゴーティエ・カプソン
ピアノ フランク・ブラレイ
による室内楽。
ドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲 第三番 ヘ短調 作品65
これはもう、素晴らしかったです。
威張るわけではありませんが、もちろん初めて聴く曲です。
演奏家も初めて見る人たちです。
けれども、その音と演奏風景にたちまち引き込まれ、夢中になった45分でした。
ヴァイオリンとチェロ弾きは、苗字でわかるとおり兄弟です。
このふたりとピアニストの三人ともが、かなり美形!
特に弟のゴーティエは、栗色の艶やかな髪が美しく、
演奏している時に揺れるさまは、もうなんとも素敵(笑)
その上、音楽も超絶にすばらしいんですもの。
思わず聴き終わってから綾乃に「三人まとめてお持ち帰りしたい」と言いました(爆)
窓辺に特設ブースを用意して、彼らを家に置いておきたい。
う〜〜〜ん。素敵だろうなぁ♡
さて、お祭りは6日まで続きます。
綾乃はまだちょこちょことあの辺りに出没するのでしょう。
彼女と一緒に歩いていると、色々な人に声をかけられます。
もしかして有名人なのか?(笑)
こっちの業界の人なのねぇ。なんて、改めて思ったりしましたよ。

綾乃とおそろいのレッスンバッグを買いました。
私のが黒い方♪ かわいいでしょ?
来年のテーマはなんでしょう。
今からもう待ち遠しいんですけど(爆)
クラシック音楽のお祭りです。
今年で三年目。
毎年、期間中の一日丸ごとを綾乃と楽しんでいます。
普段あまりクラシックに関心のない人も、
興味はあるけれど敷居が高いと思っている人も、
大好きだけど、子どもが小さいから演奏会は無理という人も、
みんなまとめてOKなお祭りなんです。
だから、私のように素人で、作曲家も曲名も知らないような人も、
遠慮しないで溶け込める、その辺りが、とーっても楽しいイベントなんですよ。
プログラムは5つのホールに分かれて5日間、行われるのですが、
どのステージも1時間程のショートプログラムと、普通の演奏会より短いです。
有名な曲の、有名な楽章だけ。というような親しみやすいものも多く、
お値段も1500円とか2000円とかのお手ごろ価格。
ベビーカーを並べて聞ける0歳からのコンサートなんていうのもあります。
また、無料のアマチュアオーケストラによる演奏とか、
屋外の屋台村での生演奏を聞きながらの食事も気持ちごとオープンになれて、爽快です。
今年は初日である5月2日、4つのプログラムを梯子しました。
今年のテーマは「民族のハーモニー」('05年モーツアルト '06年ベートーヴェン)で、色々な国の特徴を感じる音楽がたくさん集まっています。
4つともそれぞれ書きたい感想はあるのですが(笑)
あえてひとつだけ。
ヴァイオリン ルノー・カプソン
チェロ ゴーティエ・カプソン
ピアノ フランク・ブラレイ
による室内楽。
ドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲 第三番 ヘ短調 作品65
これはもう、素晴らしかったです。
威張るわけではありませんが、もちろん初めて聴く曲です。
演奏家も初めて見る人たちです。
けれども、その音と演奏風景にたちまち引き込まれ、夢中になった45分でした。
ヴァイオリンとチェロ弾きは、苗字でわかるとおり兄弟です。
このふたりとピアニストの三人ともが、かなり美形!
特に弟のゴーティエは、栗色の艶やかな髪が美しく、
演奏している時に揺れるさまは、もうなんとも素敵(笑)
その上、音楽も超絶にすばらしいんですもの。
思わず聴き終わってから綾乃に「三人まとめてお持ち帰りしたい」と言いました(爆)
窓辺に特設ブースを用意して、彼らを家に置いておきたい。
う〜〜〜ん。素敵だろうなぁ♡
さて、お祭りは6日まで続きます。
綾乃はまだちょこちょことあの辺りに出没するのでしょう。
彼女と一緒に歩いていると、色々な人に声をかけられます。
もしかして有名人なのか?(笑)
こっちの業界の人なのねぇ。なんて、改めて思ったりしましたよ。

綾乃とおそろいのレッスンバッグを買いました。
私のが黒い方♪ かわいいでしょ?
来年のテーマはなんでしょう。
今からもう待ち遠しいんですけど(爆)
タグ : ラ・フォル・ジュルネ 熱狂の日
「今この手の中にあるぬくもりも、こうして話をしている時間も、実は存在していない」
温度も時間も概念でしかなく、実際にはないものなんだ――。
いきなり手を握ってきて、いったい夫は何を言っているんでしょう。
温度も時間もないっていったって、
体温はあるし、時は過ぎて行くでしょうに。
ドラマチックに言ってみたのは、この本を読んで目から鱗が落ちたからだという。
熱い、冷たいという温度は、人間の体感からくるものだが、では20度とか36度といった温度は、どうやって知るのか。
それは温度計や体温計の中の水銀やアルコールが指し示す数字で知るのだろう。
だから、温度というのは実はそういうものの膨張率なんだよ。というのだ。
同じように時間というものも、地球の自転が云々と言われているけれども、実際はセシウム原子から放出される電磁波の91億9263万1770回の振動を一秒と定義しているだけだという。
でも、時間の経過はあるでしょう?
人は母の胎内に入り、10月10日ほどを経て生まれ、成長し、老化し、死んでゆく。
それは、時間が存在しているからじゃないの?
残念ながら、この本を読んでも私の目から鱗がおちることはありませんでした。
だいたい物理も苦手だけどさ、理解しようと思うとすごく時間がかかる。
量子論とか相対論とかさえ満足にわからないもん。
たぶん、ゆっくりと何度も噛み締めて読めば分かるんだろう。
でも、その暇が惜しい。
その暇があるなら、もっと心にすっと降りてくる本を読みたい。
庭の草花の手入れをしたい。
サイトの時系列indexの更新もしたい。
要するに、他にやりたいことが多いんです。
だって、時間が何たるかを知らなくても、生活できるもん。
というわけで、読了を挫折し、次の本に移ってしまいました。
私には絶対にこっちの方が興味深い。
蕎麦など食品の出前から、出張お掃除、その他デリバリーされるいろいろが取り上げられていて、「知らなかった!」というサービスもたくさん出ている。
商売って、人が欲しているものを読む力のある人が成功するんだねー。
と、頷きながら読んでしまう一冊だった。
「これ、利用してみようかな」と思うものがいくつもあって、こっそりメモを取っていたりする・・・(笑)
わかりやすいのが好きです(爆)
温度も時間も概念でしかなく、実際にはないものなんだ――。
いきなり手を握ってきて、いったい夫は何を言っているんでしょう。
温度も時間もないっていったって、
体温はあるし、時は過ぎて行くでしょうに。
| 時間はどこで生まれるのか 橋元 淳一郎 (2006/12) 集英社 この商品の詳細を見る |
熱い、冷たいという温度は、人間の体感からくるものだが、では20度とか36度といった温度は、どうやって知るのか。
それは温度計や体温計の中の水銀やアルコールが指し示す数字で知るのだろう。
だから、温度というのは実はそういうものの膨張率なんだよ。というのだ。
同じように時間というものも、地球の自転が云々と言われているけれども、実際はセシウム原子から放出される電磁波の91億9263万1770回の振動を一秒と定義しているだけだという。
でも、時間の経過はあるでしょう?
人は母の胎内に入り、10月10日ほどを経て生まれ、成長し、老化し、死んでゆく。
それは、時間が存在しているからじゃないの?
残念ながら、この本を読んでも私の目から鱗がおちることはありませんでした。
だいたい物理も苦手だけどさ、理解しようと思うとすごく時間がかかる。
量子論とか相対論とかさえ満足にわからないもん。
たぶん、ゆっくりと何度も噛み締めて読めば分かるんだろう。
でも、その暇が惜しい。
その暇があるなら、もっと心にすっと降りてくる本を読みたい。
庭の草花の手入れをしたい。
サイトの時系列indexの更新もしたい。
要するに、他にやりたいことが多いんです。
だって、時間が何たるかを知らなくても、生活できるもん。
というわけで、読了を挫折し、次の本に移ってしまいました。
![]() | お届けにあがりました! 三田村 蕗子 (2006/11) ポプラ社 この商品の詳細を見る |
蕎麦など食品の出前から、出張お掃除、その他デリバリーされるいろいろが取り上げられていて、「知らなかった!」というサービスもたくさん出ている。
商売って、人が欲しているものを読む力のある人が成功するんだねー。
と、頷きながら読んでしまう一冊だった。
「これ、利用してみようかな」と思うものがいくつもあって、こっそりメモを取っていたりする・・・(笑)
わかりやすいのが好きです(爆)
2004年10月。
初めてエマニュエル・パユのフルートを聴いた時の衝撃は、
今でもはっきりと思い出せる。
「これが同じフルートという楽器か?」
というほどの、疑問に近い想い。
既成概念を打ち破る新鮮な響き。
素人耳にさえ、明らかに違いが理解できる天才の音。
胸の中で何かがはじけるような強力なインパクト。
以来エマニュエル・パユは、注目株となった。
あまり体格が大きくないのもいい。(笑)
親しみやすい、笑顔も。
演奏会の後のサイン会では、どんなに長い行列が出来ようが、
にこやかに握手し、一緒に写真に収まってくれる。
そんなサービス精神は、「天才」とか、「芸術家肌」といった
近寄りがたいものとは大きくかけ離れている。
温厚な微笑からにじみ出る人柄。
インタビュー記事などを読むと、知性の高さをうかがえる。
柔らかく、少しひんやりした手で握手してもらった時、
「私、子どもが三人居るんですよ」と言ったら、
嬉しそうに
「それは素晴らしいね。子どもは神さまからの授かりものだよね」
と答えてくれた。
(会話はドイツ語に変換してご想像ください・笑)
綾乃には「音楽と全然関係のない、そんなことを話したのか」と呆れられたけど、
あのとき、ぱっと表情が明るくなったのは、
きっと自分の子どもたちのことを思い出していたからだと思う。
そんな子煩悩さも垣間見えるパユの本が出た。
エマニュエル・パユ―孤高のコスモポリタン / カール・フォルスター、武田 奈菜子 他
間接的にとはいえ、綾乃も制作に関わったこの本。
あのコンサートの日から2年も待っちゃったよ。

23歳という若さの時に、ベルリンフィル首席奏者になったというパユ。
人気が出て当たり前だね。
ますますパユの技術は向上しているという。
今年度は自粛中のコンサートだけど、本当はパユを聴きに行きたいんだよ。
今度会えるのはいつだろう。
それまでこの本で、ガマンしていようっと。
初めてエマニュエル・パユのフルートを聴いた時の衝撃は、
今でもはっきりと思い出せる。
「これが同じフルートという楽器か?」
というほどの、疑問に近い想い。
既成概念を打ち破る新鮮な響き。
素人耳にさえ、明らかに違いが理解できる天才の音。
胸の中で何かがはじけるような強力なインパクト。
以来エマニュエル・パユは、注目株となった。
あまり体格が大きくないのもいい。(笑)
親しみやすい、笑顔も。
演奏会の後のサイン会では、どんなに長い行列が出来ようが、
にこやかに握手し、一緒に写真に収まってくれる。
そんなサービス精神は、「天才」とか、「芸術家肌」といった
近寄りがたいものとは大きくかけ離れている。
温厚な微笑からにじみ出る人柄。
インタビュー記事などを読むと、知性の高さをうかがえる。
柔らかく、少しひんやりした手で握手してもらった時、
「私、子どもが三人居るんですよ」と言ったら、
嬉しそうに
「それは素晴らしいね。子どもは神さまからの授かりものだよね」
と答えてくれた。
(会話はドイツ語に変換してご想像ください・笑)
綾乃には「音楽と全然関係のない、そんなことを話したのか」と呆れられたけど、
あのとき、ぱっと表情が明るくなったのは、
きっと自分の子どもたちのことを思い出していたからだと思う。
そんな子煩悩さも垣間見えるパユの本が出た。
エマニュエル・パユ―孤高のコスモポリタン / カール・フォルスター、武田 奈菜子 他
間接的にとはいえ、綾乃も制作に関わったこの本。
あのコンサートの日から2年も待っちゃったよ。

23歳という若さの時に、ベルリンフィル首席奏者になったというパユ。
人気が出て当たり前だね。
ますますパユの技術は向上しているという。
今年度は自粛中のコンサートだけど、本当はパユを聴きに行きたいんだよ。
今度会えるのはいつだろう。
それまでこの本で、ガマンしていようっと。
父が死んだ時、その時の一部始終を表のブログに書いた。
実家から帰ってきて、子どもが寝てしまってから毎晩毎晩、
1日ずつを思い出して泣きながら書いた。
メモも何もなくても、光景と記録は頭の中に鮮明にあり、
実家での2週間を、きっちり14日かけて書き、公開した。
毎夜泣きながらタイピングしたそのブログを夫は読んでいたから、
最終日の分を書き終えたとき、
「納得した?」と訊いてきた。
書くことによって、鬱積したものを排出することができると、
実体験した瞬間だった。
けれども、なぜこんなにも書きたいのか。
日常のなんでもない風景を、ほぼ毎日のように何故書いているのか。
さして上手くなく、求められているわけでもないのに。
それは問えば問うほど、深い泥にはまるようで、
全然答えなど出なかった。
書くことに焦がれている――。
それは、なぜ?
「本になったら、絶対に買ってお前に読ませようと思った」
夫が買って来た本は、山田ズーニー作「おとなの小論文教室。」
思えば、ただ闇雲に書いているだけだった。
書く訓練を受けたことなんかないし、読書量だって多いとは言えない。
語彙は少なく、同じ表現しかできない。
拙い、薄っぺらい、etc…
書けば書くほど、アラが見えてきて嫌になる。
もっと上手く書きたいと願い、上手く書けないと嘆く。
そもそもなぜ書くのかさえわかっていない。
書くことの意味も、目標も見えていない。
この本は題名だけ見ると、
いかに小論文を上手く書くかというテキスト本のような気がする。
小論文を書く上での、ヒントやコツやテクニックが書いてあるように思うけれど、
決してそうではない。(いや、実はそうなのだけど)
ここには「なぜ書かないのか」「なぜ書けないのか」という根本が書かれている。
それは転じて「なぜ書くのか」「なぜ書きたいのか」となり、
「どう書きたいのか」「どう読んでほしいのか」ともなる。
書けない人の背中を優しく後押ししてくれる本だ。
lesson形式で短く分かりやすく書かれているこの本を、
1単位ずつ、何度も繰り返して読んだ。
一度に読破するのではなく、1単位ずつ、噛み締め噛み締め、
夜1時頃まで読む生活を何日続けただろう。
今までこんな本の読み方をしたことがあっただろうか。
やっと読み終えて、この本の感想をどう表現しようと考えていたとき、
夫が「いい本だっただろう?」と言った。
「うん。これはね、私の哲学書だよ」
そう答えると、夫はみごとに破顔一笑、嬉しそうだった。
この人は本当に、私を理解してくれているのだな、と再認識する。
さて、今日は本の紹介だけです。
読んだ感想は、また明日、書こうと思います。
実家から帰ってきて、子どもが寝てしまってから毎晩毎晩、
1日ずつを思い出して泣きながら書いた。
メモも何もなくても、光景と記録は頭の中に鮮明にあり、
実家での2週間を、きっちり14日かけて書き、公開した。
毎夜泣きながらタイピングしたそのブログを夫は読んでいたから、
最終日の分を書き終えたとき、
「納得した?」と訊いてきた。
書くことによって、鬱積したものを排出することができると、
実体験した瞬間だった。
けれども、なぜこんなにも書きたいのか。
日常のなんでもない風景を、ほぼ毎日のように何故書いているのか。
さして上手くなく、求められているわけでもないのに。
それは問えば問うほど、深い泥にはまるようで、
全然答えなど出なかった。
書くことに焦がれている――。
それは、なぜ?
「本になったら、絶対に買ってお前に読ませようと思った」
夫が買って来た本は、山田ズーニー作「おとなの小論文教室。」
![]() | おとなの小論文教室。 山田 ズーニー (2006/01/07) 河出書房新社 この商品の詳細を見る |
思えば、ただ闇雲に書いているだけだった。
書く訓練を受けたことなんかないし、読書量だって多いとは言えない。
語彙は少なく、同じ表現しかできない。
拙い、薄っぺらい、etc…
書けば書くほど、アラが見えてきて嫌になる。
もっと上手く書きたいと願い、上手く書けないと嘆く。
そもそもなぜ書くのかさえわかっていない。
書くことの意味も、目標も見えていない。
この本は題名だけ見ると、
いかに小論文を上手く書くかというテキスト本のような気がする。
小論文を書く上での、ヒントやコツやテクニックが書いてあるように思うけれど、
決してそうではない。(いや、実はそうなのだけど)
ここには「なぜ書かないのか」「なぜ書けないのか」という根本が書かれている。
それは転じて「なぜ書くのか」「なぜ書きたいのか」となり、
「どう書きたいのか」「どう読んでほしいのか」ともなる。
書けない人の背中を優しく後押ししてくれる本だ。
lesson形式で短く分かりやすく書かれているこの本を、
1単位ずつ、何度も繰り返して読んだ。
一度に読破するのではなく、1単位ずつ、噛み締め噛み締め、
夜1時頃まで読む生活を何日続けただろう。
今までこんな本の読み方をしたことがあっただろうか。
やっと読み終えて、この本の感想をどう表現しようと考えていたとき、
夫が「いい本だっただろう?」と言った。
「うん。これはね、私の哲学書だよ」
そう答えると、夫はみごとに破顔一笑、嬉しそうだった。
この人は本当に、私を理解してくれているのだな、と再認識する。
さて、今日は本の紹介だけです。
読んだ感想は、また明日、書こうと思います。







