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宇宙戦艦ヤマトの二次小説を展開する「三日月小箱」管理人の独り言です
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キリストが十字架にかかった日が受難日(今年は3月21日)。
十字架にかかる1週間前の期間が受難週(今年は3月16日から3月22日)。
イースター(復活祭・今年は3月23日)から40日遡る間が受難節レント
(今年は2月6日から3月22日まで)
ちょうど今、レントなんです。
レントに入ってからの日曜日の礼拝では、マタイによる福音書を毎週紐解いています。


ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団によるバッハ「マタイ受難曲」を聴いてきました。

これはマタイの福音書26章1節~27章66節までの部分を音楽劇風にしたものです。
ステージの最後部には合唱団の子どもから大人までがずらりと並び、迫力の歌を聴かせてくれます。

ユダの裏切り、最後の晩餐、ペテロの否定、裁判、ゴルゴダ、磔、埋葬

あまりにも有名なシーンが続きます。
人間の罪を贖うために、自らの清い身体を十字架にかけられなければならない。
イェスの苦悩と、とまどう弟子たち。
取り付かれたように「十字架につけろ」と叫ぶ民衆。

音楽と合唱がみごとなまでに一つとなり、大聖堂のステンド硝子から差し込む光のように、
やわらかくまっすぐに、魂の中に差し込みます。

なんという情景!
なんという信仰!
心からなる讃美の、なんと美しいこと!

鳴り止まない拍手が、演奏のすばらしさを物語っていました。
私の心の中でも、曲の中で使われていた讃美歌136番が鳴り響きます。

血潮したたる 主の御頭みかしら
棘に刺されし 主の御頭
悩みと恥にやつれし主を
我はかしこみ きみと仰ぐ

はじめから終わりまで、本当に素晴らしかった。
ああ、何て私は舌足らずで、語彙を持っていない頼りない奴なんだろう。
あれだけのものを表現する言葉が出てこない。

とにかく。
魂を揺さぶられる、そんな夜でした。




小さき者、弱き者、
主はその愚かさを知り、憐れんで十字架にかかってくださった――

ちょいと最近落ち込んでおりました。
小さくて弱くて、愚かで醜くて。
そんな私のための十字架。

そんな風に、素直になれた夜でした。

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

 

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コメント

本日仕事先で

カトリックのご夫婦に「マタイ受難曲を聴いた」と話したら、
「それは恵だったわねー。素晴らしいわ。よい御復活の日をお迎えください」と言われたよ。
嘆き悲しみから復活の喜びへ。
切ないほどのコラールは、今でも胸の中で響いています。

そのコラールは…

何度も何度も、ドラマチックに、調を替え、テンポを変え、言葉を変えて現れます。そ
のたびに、メロディーは同じですが、内声の旋律も動きも変わっていっているのがわか
ったでしょうか? それが場面の心情や情景を素晴らしく表現していて、またドイツ語
の言葉と見事に一致して作られています。

第62曲の
 Wenn ich einmal soll schiden,
so scheide nicht von mir,

いつの日か私が死のうとする時に、
主よ、私から離れないでください。
私が死に苦しんでいる時に、
私にその姿を現してください。
心にひどく憂うことがある時に
貴方の受けた苦しみによって
私を怖れより救い出してください…。

第17番のコラールから始まるこの旋律の大半は、イエスへの愛故にその苦しみを思いや
り、その苦難を哀しむ受難の曲ですが、この最後のコラールのみは、教会などで祈られ
る「祈り」そのものです。

ダブルコーラスで歌われていた合唱がすっと一つになり、倍の音量で声が合う瞬間。ゾ
クりと光の束が満ちたような気がしました。

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